幸せな食べもの

ある日、なんだか体調が悪いと思っていたら、夜に発熱してしまいました。熱は夕方になるにつれ上がり、真夜中には38度にもなるのだけど、朝がくれば微熱になる、というのを、5日繰り返しました。身体は元気な私ですが、さすがにうなされながら眠る夜を5回も続けると、体力の消耗が激しく、ただただ横になることしかできませんでした。

 

そして何よりも、仕事を何日も休まなければなりませんでした。元気になるにつれ、その現実を理解してきた私の脳は、次第に自責の念に駆られていきました。ただでさえ忙しいのに、風邪なんてくだらない理由でこんなにも休んでしまった。技能も、信頼も、何もかも地の底についただろう。私はなんて愚かな人間なんだ。もう私に残された道は退職しかないーーー。

 

と、今までの自分なら考えていたことでしょう。それがどんなに独りよがりな状態であるか、今の私になら分かります。確かに相当な迷惑はかけてしまったけれど、それはこれからの仕事で挽回していくしかない。上司には電話で何度も謝りましたが、「でも、手洗いうがいは毎日してたし。マスクもいつもしてるよ。なんなら手指消毒もしてたし、夜9時には寝てる。それでも風邪なんてかかるときはかかるんだよ〜」と、心の中で思えるくらいには、図太くなりました。

 

ですが、休んでいる間、誰かが私の開けた穴をフォローしてくれていたのは事実。やはり菓子折りくらいは買うべきでしょう。「菓子折り文化」には懐疑的な私なのですが、それ以外に折り合いをつける方法も思いつかず、仕方がないのでお菓子屋さんに出向くことにしたのでした。

 

甘いもの。チョコチップクッキー、やわらかそうなフィナンシェ、切り株のようなバウムクーヘン。クリームたっぷりなエクレアにふわふわのカステラ、そしてなにより、かわいいいちごのケーキ。

みんな苦手です。

いいえ、苦手でした。

 

子どもの頃から、本当にお菓子を好みませんでした。甘いものを食べると、そのあまりのあざとい甘さにすっかりやられてしまい、どうにも気分が悪くなるのです。もちろん、コーヒーも必ずブラック。それが私でした。

 

ところが、ある年齢を過ぎた頃、どうも生クリームがおいしいと感じるようになり、チョコレートがあると嬉しいと思うようになり、ついには疲れた夜にはどら焼きなんかを食べるようになり…。きっと、歳をとったのですね。

 

近所の人気洋菓子店に入ると、菓子折りを買いに来たというのに、入店するや否や『どれ買おうかなあ…』と悩む自分がいました。ショーケースに目をやると、まるで幾何学模様みたいに規則正しく整列したシャインマスカットが美しいタルトとか、端正な佇まいがクラシカルな感じのチーズケーキとか、華やかで麗しさのあるケーキたちがずらっと並んでいて、思わずワクワクしてしまうのでした。結局、菓子折りの他にも、シフォンケーキとバウムクーヘンを買いました。

 

見た目の愛らしさにふさわしい、ほろっと幸せな甘い味がするスイーツ。なんでもない日のおやつ、特別な日のデザート、疲れた夜のご褒美。どんなシーンにもふわっと生活に馴染んでくれる、私の心強い味方になりました。シフォンケーキ、楽しみだなあ。